「F.C.MAR 2001 Series」

特集1  10月13日
マチルダ中尉&ゴタンダーズ戦徹底分析

企画1
みんな大好きっ! 焼肉のすべて
  〜第1章 焼肉の歴史〜
Millenium Series
2001 Series I
2001 Series II
試合結果
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個人成績

特集1:マチルダ中尉&ゴタンダーズ戦 MAR 2001 Series 13th. 試合結果&徹底分析!

MAR 2001 Series 13th.
October 13, 2001
Mirum Sports Park Chofu

 MAR 2001 Seriesの第13戦が、2001年10月13日(土)、ミルームスポーツパーク調布で行われた。ミルームスポーツパーク調布での試合は、今年の4月以来、約6ヶ月ぶりである。元々予定はしていなかったのだが、北海道よりヒラタ選手が久しぶりに上京することから、それに併せて急遽試合を組むこととなった。そんなこともあり、試合相手はいつものようにエンジョイ以下からのチョイスではなく、とにかく試合をしてくれるチームならばどことでもという感じで探し、見つかったのがチャレンジクラス。チャレンジクラスとの対戦は初めてである。(今までにチャレンジクラスでも良いのでは?というチームも数チームあったが…)
 対戦相手は、何故そんな名前なのかわからなく、ウッディ大佐と結婚する予定はないけど、
マチルダ中尉。そして、またまた取って付けたような名前のゴタンダーズ(おそらく五反田のチームなんでしょう)。初のチャレンジクラス相手にどんな試合を見せることが出来るのか?ジェットストリームアタックで粉砕は出来るのか?今後の試合相手を探す上でも、今回の試合はF.C.MARにとって一つのターニングとなるであろう。
 2001 Seriesの第3期(最終期)が幕を開ける。

試合結果

【F.C.MAR特別ルール・1試合約7分30秒】
1st. Term マチルダ中尉 vs F.C.MAR
F.C.MAR vs ゴタンダーズ
マチルダ中尉 vs ゴタンダーズ
2nd. Term マチルダ中尉 vs F.C.MAR
F.C.MAR vs ゴタンダーズ
マチルダ中尉 vs ゴタンダーズ
3rd. Term マチルダ中尉 vs F.C.MAR
F.C.MAR vs ゴタンダーズ
マチルダ中尉 vs ゴタンダーズ
4th. Term マチルダ中尉 vs F.C.MAR
F.C.MAR vs ゴタンダーズ
マチルダ中尉 vs ゴタンダーズ
5th. Term マチルダ中尉 vs F.C.MAR



各試合解説

vsマチルダ中尉
  F.C.MAR vs マチルダ中尉
1st. Division vs
2nd. Division vs
3rd. Division vs
4th. Division vs
5th. Division vs
Total vs 11

---A 今回はチャレンジクラスが相手だったそうだけど、大丈夫だったの?相手になったの?
---B 心配だったんですけどねえ。大丈夫でしたよ。結果的には大差がついてしまったんですけど、4月の同所で行われたミニ大会の方が点差以上の実力差を感じましたねえ。
---A まあ、結果が大差って事はかなり実力差があったって事だろうけどねえ。面白ければいいという考えならば、結果よりも内容が競っていれば良いとも言えるね。ところで、このチーム名はなんなんだろう?ガンダムファン?
---B 多分、ガンダムファンですよ。HPもそんな感じだし。でも、マチルダさんねえ。個人的には好きじゃないですねえ。
---A Bは温い展開嫌いだからねえ。男女の色恋沙汰は必要ないっていつも言ってるもんなあ。
---B まあ、ジェットストリームアタックに割って入るシーンは名シーンですけどね。そんなことより試合の話をしましょうよ。
---A で、試合の方はどうだったの?本当に内容的には互角だったの?
---B 実質的には押されっぱなしだったんですけどね。ソラミミスト選手が骨折でゴールキーパーをやっていたんですよ。その分、攻撃力が落ちたかな?って感じ。軸になる攻撃が無いとどうもじり貧ですからね。ソラミミスト選手が本調子ならば、勝てないまでももう少し競ったかなと。
---A そういうことかあ。でも“たら・れば”で語ってもねえ。
---B まあ、そりゃそうなんですけど。そういうことが考えたくなるような実力差だったって事ですよ。


シュート:ノダ7,ヒラタ4,ヨコティン2,ジャージまつむら2,ミズノ2
得  点:ノダ2,ヨコティン1,ミズノ1
アシスト:ヨコティン1

厳しいマーク

守備陣が切り崩される

vsゴタンダーズ
  F.C.MAR vs ゴタンダーズ
1st. Division vs
2nd. Division vs
3rd. Division vs
4th. Division vs
Total vs

---A こっちの試合はきちんと試合の話をしよう。で、どうだったの?こっちの試合は。結果的には引き分けなんだけど。
---B こっちの試合は結果は同点だったんだけど、勝てそうでしたねえ。もったいないです。ミサワ選手がソラミミスト選手の替わりにフィールドプレイヤーで出場しました。
---A それでどうだったの?
---B 良かったかどうかはともかく、結果は出しました。ミサワ選手はフィールドプレイヤーとして出場した試合は全て点を入れているんですよ。なかなかのものです。
---A 本職の方は?やっぱりゴールクリアランスは相変わらず?
---B その話は個人的にはどうでも良いですけどね。個々が楽しければ良いんですよ。どう投げようと、あまり勝敗とは関係ないと思うんですよね。でも、意識はしていたようですよ。こんな写真(左上写真)もありましたよ。
---A おおっ!下から投げてるじゃないか!?
---B 本人が今回はずっと下から投げてたって言うだろうから削除しちゃおうなんて言ってたんですよ(笑)
---A ちょっとは反省したのかな?
---B そんなことより、ソラミミスト選手が割とそつなくゴールキーパーをこなしていたので、そのことの方が刺激になったんじゃないですか。
---A なるほどね。GKの話は、最近、食傷気味なのでこれくらいにして、ヒラタ選手はどうだったの?久しぶりの参加だし。
---B なんとなく疲れが溜まっているような動きでしたねえ。もしかしたら無理を言ってしまったかなあ。かなりの強行軍で参加したようですし。本人が楽しんでくれたなら良いんですけど…。
---A そうかあ。とにかくチャレンジ相手でも試合を壊すことなく、楽しく出来たわけだね。今後はチャレンジ相手でもいけそうってことかな。


シュート:ソラミミスト3,ミサワ3,ノダ2,ヨコティン2,さとけー1,ミズノ1
得  点:ソラミミスト2,ミサワ1
アシスト:ノダ1,ヒラタ1

下からのスロー!?

時折、本来の動きを見せるも…


MAR 2001 Series 13th.総括

 今回は北海道からヒラタ選手が上京してくるということで、急遽組んだ試合でした。ちょっと無理を言ってしまったかな?楽しんでもらえましたかね?それだけが気がかりです。これに懲りず、今後も上京する際には試合を組みましょう。
 マチルダ中尉は名前が変わっていたのですが、色物チームではなく、チャレンジクラスの名に偽り無いようなチームでした。圧倒的な強さを感じないチームですが、個々のちょっとした技術は素晴らしかったです。これくらいの実よくチームとたまに試合をした方が良さそうですね。ソラミミスト選手の骨折がなければもう少しなんとかなったかな?ゴタンダーズはフットサルはあまりやったことないのかフットサルにはオフサイドが無いんだよなんて説明を受けていました。名前も適当につけただけのようなので、普段はサッカーをやっていて、フットサルはあまりやっていないのかもしれません。実力的には互角でした。


企画1みんな大好きっ!焼肉のすべて〜第1章 焼肉の歴史〜

焼肉の発祥
 焼肉は元々、中央アジアに住む遊牧民から生まれたと言われています。紀元1世紀頃中央アジア貊(メツ)族扶余(プヨ)と言う国では、官職名に動物に因んだ名前が多く記録として残っていて食生活に肉食が多かった事が想像できます。又、中国にも2世紀頃、肉を調味してして焼く料理の炙(ジョッ)と言う焼肉料理が伝わっている記録が残っています。これは現在のように保存ができない為、生肉よりも安全な焼肉が必要だったと思われます。しかし4世紀頃高句麗、百済、新羅が朝鮮半島で力を持っていた3国時代になって仏教が伝わり、「動物殺生禁止令」が発令されるや肉食は衰えていきました。その後13世紀に、蒙古族が南下してきたため再び肉食が復活したのです。李朝時代になると仏教に変わって儒教が広まり、やがて家畜の放牧まで行われるようになりました。孔子ユッケ(肉の刺身)が好きだったと言われています。この頃、高麗の都の開城(ケソン)では、「雪夜炙(ソルヤジョッ)」と言う料理があって、固かった労働用の牛肉を柔らかくするため、水に繰り返しつけて、焼いたと言うことらしいです。元々内臓を食べなかったのですが、「ハツ(心臓)」だけは柔らかい肉として好まれたと言われています。李朝時代の宮廷料理には肉や、ねぎを串に刺した焼鳥や、バーベキューのルーツが登場しました。又「ノビアニクイ」と言う、調理人が味付けをした肉を炭火の上に張った金網で焼いて、食卓に出すと言う焼肉に近いスタイルが有りましたが、あくまで宴席料理であり、大衆的な料理では有りませんでした。
現在の焼肉スタイルの発祥
 現在の様に自分で焼いて食べると言う形は、実は朝鮮戦争後の混乱の中で広まった「プルコギ」が原点らしいです。プルは火の意味で、コギは肉の意味です。これは、戦争で荒れ果てた街角の食堂で、いちいち焼いて客に出すよりも、セルフサービスで焼いて食べた方がてっとり早かったからと言われています。そして個人の家庭でも、この方法がとられ始めました。直火で焼く焼肉料理は、このように朝鮮半島の食文化なのですが、店舗産業として内容と形式を整えたのは、驚いたことに日本の方が先だったのです。韓国、北朝鮮、中国朝鮮族の焼肉料理店舗は日本の形式にヒントを得た物が多いのです。例えば、現在の韓国のプルコギ店では、真鍮製の専用鍋を使い、傾斜した部分に肉を乗せて焼き、下に流れた肉汁とあらかじめ入れたスープを一緒に肉と味わう物なのですが、元は金網で焼いていました。現在のようなスタイルは、昭和30年頃日本の店の一部で使われていたジンギスカンタイプをヒントに得た物です。韓国ではその頃から店舗料理が始まったからで、店舗文化としての焼肉料理は日本から逆輸入されたとも言えます。
日本の焼肉スタイルの発展
 最初、朝鮮半島で生まれた焼肉料理ですが、それがそのまま日本に入ってきた訳では無かったのです。日本は独自の発展を遂げてきました。元来日本の文化に無かった肉の直火焼き方が始まるきっかけは、太平洋戦争後の食糧不足時の闇市にありました。当時、焼け跡のブラックマーケットで、在日の韓国、朝鮮人が自国文化の経験から、牛肉のハツ(心臓)を肉の代用品として売りだしました。食糧難時代の為、栄養が不足していた日本人ですが、当時は正肉が統制品で手に入らなかったのです。期待以上に需要が多かった為、それまで韓国半島ではあまり食べなかった、他の内臓類も工夫され売られました。これが「ホルモン焼」の始まりと言うわけです。そして徐々に復興も進み、朝鮮料理店(当時は韓国料理ではなく、こう呼んでいた)が、きちんと店舗を構えて出てきました。昭和21年に第一号と噂される、「食道園」が東京で店を構え、最初は鶏肉や冷麺を扱っていました。そして牛肉の統制も終わり、次第に発展していったのです。本格的に日本社会に今の焼肉が浸透していったのは、昭和30年代になってからの事です。
日本独自の焼肉文化
 テーブルの上の七輪で自分で焼いて食べるスタイルは、大阪「食道園」の創業者・林光植が編み出したものだし、人気メニューのひとつ「タン塩」は、銀座「清香園」の女主人・張貞子が西洋料理からヒントを得たものです。ソウル「タン塩」がでてきたら、日本から逆輸入されたと思って間違いないという。ほかにも、ユッケに卵黄を載せたり、生センマイの千切りを酢じょうゆで食べるのも日本独特のものです。朝鮮の焼き肉料理は、日本で進化したといえそうです。


編集後記

 今回は北海道からヒラタ氏上京に併せて試合を行いました。上京に併せてと言っても、実際はかなり無理をしてくれたようです。十分、楽しんでもらえたのでしょうか?最近は怪我人が増えているようです。木、土で活動していることも少なからず影響しているのでしょうか?ちょっと休み、休み行うようにしましょうか?このままだと怪我人続出になるような予感です。
 試合の内容文は、最近、やる気がないのでこんな形にしてみました。この方が行数稼げるし。企画の方はみんなの大好きな焼肉です。かかる危険性のないじいさんが、狂牛病とはまったく関係のない牛肉をほおばるシーンを流して、かえって危険であるような印象を植え付けていますが、それほど危険ではないようですよ。ネットでちょっと調べればわかります。まあ、食べなければその危険性もかぎりなくゼロに近づくかもしれませんが。この狂牛病騒ぎで焼肉屋に閑古鳥が鳴いているので、こちらとしては万々歳ですが。今後の予定は、名前は知っていてもどこの部位か知らない肉が多いので、その辺をまとめてみようかなと思っています。
 
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2001年10月25日管理人

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